2011年03月

2011年03月22日

読売新聞「編集手帳」


 震災後、いつになく、

 読売新聞の「編集手帳」を真っ先に読み始めるようになった。

 あの少ないスペースで、感情を押し殺し、

 災害の惨さを書き表す筆者の文章の力には、

 TVで見る災害地よりも胸が引き裂かれる思いがしてくる。

 朝から涙が止まらない。

 今、何が必要なのか。

 今、何をすべきなのか。

 更に考えさせられる文章。

 是非、皆さんにも読んで欲しいと思う。

 読売新聞H/P
 社説・コラム→下部に「編集手帳」が日付順にあります
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/
 3/12から震災についてのコラムが掲載されています。

【日光の歯医者さん てづか歯科医院】ホームページ開設しました


 東武日光駅徒歩3分 日光I.C車で1分!駐車場広く便利な

 【てづか歯科医院】がホームページを開設しました!

 休診日もネット上で確認が出来ます。

 優しい先生とスタッフの皆さんです

 掲示板もあるので、歯に関する疑問や心配事も書き込めます。

 是非、ご利用下さい。

 

【てづか歯科医院】ホームページ→http://tezukashika.jp/

2011年03月21日

【今、自分たちでできること】

ポスター

2011年03月18日

【福島県等からの避難者のホテル・旅館】今市観光協会


 今市観光協会では

 「東北関東大震災に伴う福島県等からの避難者のホテル・旅館等の

 受付窓口設置のお知らせと

 福島県から避難された方を対象に健康診断等を実施する施設の紹介」の

 ページを開設。

 こちらからご確認下さい。

 今市観光協会

  
 渡辺 謙 氏 小山薫堂氏(脚本家・放送作家)

 の呼びかけで「kizuna311」が作られた。

 【いま、この国にある最高の財産は「絆」である】 というメッセージに

 私自信も勇気付けられる。

 

 昨晩、初めて「計画停電」を体験した。

 今日は、昼間、信号機が着いてない大きな通りを横断した。

 ガソリン不足のせいで、車もやたらにスピードは出さないし、

 譲り合いの気持ちがお互いにあり運転していても、気持ちが優しくなる。

 
 この大震災は、何かを変えてくれるような気がしてきた。

 苦難を強いられている方々には心から申し訳ないけれど

 こういう大きな災害や事故がなければ気がつかないこと、忘れていたことを

 思い出し始めているような気がする。

 

 
 

2011年03月17日

【ボランティア希望者募集】日光市ホームページ


3/16付け日光市公式H/Pによると

 「東北関東大震災」に関連し、日光市と日光市社会福祉協議会では

 被災された方々を応援するため、ボランティア希望者の受付を始めます。」

 とのこと。

 詳細は

 日光市公式H/P「被災者支援ボランティアの受付」

 のページをご覧下さい。

 
 地震に関する情報サイト 追記

 ■環境放射能の測定値について→栃木県が測定している環境放射能の状況


■JR運行状況→JR関東エリア

■東武鉄道運行状況→東武鉄道

■献血協力→栃木県赤十字血液センター



2011年03月16日

地震に関する情報サイト


 まだまだ余震が続き、

 落ち着かない毎日。

 被災者、被災地の情報がテレビで流れるたびに、

 辛く、悲しく、涙が溢れてくる。

 今日は今市でも吹雪いていて、とても寒い。

 被災地はもっと寒く大変なのに、

 私は何が出来るのだろう。

 
 義理の兄が福島の郡山に単身赴任中で

 住居のドアが歪んで開かず、無理やり壊して開けて

 鍵を掛けれない生活だと聞いた。暖房もきっとないだろう。
 
 仕事場も悲惨な状態らしい。

 原発事故もとても心配だ。

 
 仙台のいとこは月曜になって無事の確認が取れた。

 
 私は、ネット上で出来ることを考えよう。

 今、これが出来ること。

 地震情報サイト

■日光市計画停電(輪番停電)について→
日光市公式ホームページでご確認下さい。
■日光市における道路の通行止めの情報→
日光市公式ホームページでご確認下さい。
■日光市内の非難場所設置所→
日光市公式ホームページでご確認下さい。
■地震情報→日本気象協会
■消息情報→Google災害情報ページ
■義援金受付→日本赤十字社24時間テレビインターネット募金

2011年03月13日

大地震 


 本当に大きな地震でビックリした。

 丁度、P/Cに向かい、仕事をしていた時で、

 あれ?地震だが、随分長いな。 と思っていたら

 揺れがどんどん大きくなってきて、怖くてP/Cのデスクの下に

 身を隠した。

 卓上カレンダーと時計が落ちた程で被害もケガもなく無事。

 家の中も、本が数冊落ちたくらいだった。


 息子以外、家族ともやっとメールと携帯で連絡を取り、

 入院している母をお父ちゃんが向かえに行く。

 (病院は停電で患者を自宅待機)

 夕方、息子と連絡が取れ、無事を確認。

 
 ニュースを見て、震度6強と知る(後日日光は震度5強と報道)

 ここより宇都宮の方が被害が大きい。

 夜、余震が頻繁にあり、携帯へ緊急地震速報が何回か鳴ったりと

 ほとんど熟睡できず。

 翌日、組内の法事に行ったが、お寺では、窓ガラスが割れ、
 
 駐車場が地盤沈下していた。

 家に戻ってきた母のことも心配で気持ちが落ち着かない。

 ケガでまったく歩けないのだ。


 市役所から福祉協議会へ連絡してもらい、車椅子を借りることが出来、

 ひとまず安心。

 夕方には余震の数も減ったが、ニュースを見ていると、原発の火災も加わって

 どんどん被害が広がっている。

 
 去年、「2012」というSF映画を観た。

 その映画を観てから、

 「いずれ、日本も、世界もこうなる」と思った。

 夜、お風呂に入る度に「湯船にゆっくり浸かってお湯をたっぷり使える日は

 もう来ないかもしれない。」といつも思って入っている。

 
 ガソリンが15L限定で入れられた。

 灯油も購入できた。

 買い物に行っても、何が必要なのかわからなくなってしまう。

 いざとなった時、どこまで持ち出せるのだろうか。

 
 こんな生活がいつまで続くのか?

 福島で起きた原発事故はきっとすごいことになるような気がしてならない。


 明日、息子が帰宅すると言う。

 卒業しても、子供たちの安否を心配してメールが届く有難さ。

 地元、東京、岐阜、関西にいる子供達はみんな無事とのこと。

 大分のおばちゃんからも電話を頂いた。

 「みんな大丈夫です。」と伝えると安心してもらえた。

 大分は大丈夫とのこと。良かった。

 病院から、再入院の準備が整った。と連絡があったが

 もう少し落ち着くまで一緒にいよう。薬が火曜日まであるので

 その日まで一緒にいよう。

  
 被災されて、家族の行方がわからない人たちのことを思うと

 胸が苦しくなる思い。

 

 

 

 


 

2011年03月07日

旅立ちの春


今日は、栃木県の全日制高校の入試日。

雪が降ったりと寒さも厳しい中、大変だったね。


さてさて・・・。三日坊主どころではないこのブログ。

本当に久しく書き込みをせず。

その間にいろいろなことがあって。


2/13に、ばぁが縁側から足を滑らせ落ちて。救急車で運ばれて、

ひざの半月板損傷とじん帯が切れている様子とのことで、ひたすら安静状態で

宇都宮の病院に入院中。


今年のバレンタインデーも大分のおばちゃんからい〜っぱいチョコレートを送って頂いた

添えられているお手紙にはいつも優しさあふれる文面で泣けるぅ〜


3/26には、部活の「三年生を送る会」を開いて頂き、

この日のために、普段の練習後、疲れているだろうに、夜遅くまで歌やダンスの練習をして・・・。

女装した2年男子のAKBは圧巻。結構しぐさが女子より女子らしく、将来が怖い

息子曰く「先生の物まねなんて、俺達は絶対できない!あいつらは大物だよ」だって。


確かに、私もそう思う。


それで3/1は「卒業式」

満面の笑みで、いろいろな子と写真を取り巻くっていた息子の姿をみて

きっと楽しい三年間だったんだろうなぁっ思った。

教室で卒業証書を手渡ししてもらって、

大きな体で、ちょっと強面でナミダなんて似合わなそうな男子が(ごめんね)、
泣きながら「このクラスで良かった」と熱く語っているのを見て
もらい泣き。

学校の渡り廊下で部活恒例の「先輩の胴上げ」

あ〜あ・・天井に穴空けちゃった! 先生に見つかって「誰がやったんだ!」って聞かれて

「○○君がやりましたぁ」 ととぼける息子。

お前だってガンガンやっていただろうに

これも最後の記念?

後輩からもらった色紙には

「いっぱい、おっぱい、御世話になりました。」とか

「大好きよ」とか書いてあって、最後まで笑わせてもらったね〜。

あ〜ん。最高の3年間だった。

福田先生に心から感謝です。

そして、先輩、同輩、後輩と本当にすっごいいい仲間に廻り合えて最高の3年間だったなぁ。

保護者の皆さんとの思い出も濃いね〜

H部最高

FHCの湯澤コーチにも感謝です。

飽き性の息子がこんなにホッケーに夢中になるきっかけを与えてくれたのは

湯澤コーチとの出会いがあったからだと思うのです。



3/2はみんなで揃ってばぁのお見舞いへ。

次の日には東京へ行ってしまう孫(息子)が心配でちょっとナミダ目。



3/3は息子の入寮日。

桃の節句だから、

朝ごはんはちらし寿司とはまぐりのお吸い物。


布団一式と生活用具ダンボール2箱。

今市から2時間で寮に着いちゃった。

出来てまだ間もない寮はきれいな建物。

先輩に案内された4人部屋。 2段ベッドが二つ並んでいて、息子は右の2段目。

コートの敷地内に寮がある。静かな住宅街。駅近し。ドンキホーテもすぐ。

同じ高校の先輩も2人いるから何かと心強いのです

息子が「あっ!洗濯ネット忘れた!スリッパもない!」と言い出したが、

先輩が「大丈夫です。近くに店があるから買いに行きます。」と。

そうそう、もう何でも自分でやるんだよ。

素直に先輩の言うことを聞いて可愛がってもらうんだよ。

「それじゃ〜」って言って玄関ホールでバイバイ。


2時間の近さが「遠征や試合に送って行った」感じにさせるのか?

淋しいとかないんだけど。  でも、 でも、

あいつからは未だに、メールの返信も電話も一度もないんだよね。

そうぼやいていると、娘が

「それじゃ、こっちからメールしたらいいじゃん」と

私の心の中を見抜いたような鋭いご指摘。

「用事もないのにすることないじゃんんんー!」ってちょっと強がり。

まぁ、きっと一生懸命慣れようと頑張っていることだろう。

東京都民、世田谷区民になった感想はどんなかな?

進路を決めるとき、

「あと4年、ホッケーをやらせて欲しい」と言ったね。

その4年間できっと大きく成長すると思う。

大好きなホッケーを続けられることに感謝して

自分らしく、精一杯がんばれ。














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